全てが美しい
総裁先生は仰られました
「この世は美しい」と
それを聞いて後、恥ずかしながら私
自分のモノとするのに
何年も掛かりました
そして・・・・何を見ても聞いても
美しく感じられる様になって
解った事が一つ
それは・・・・・・
ここで言う「美しい」とは
一般的な意味での
花が綺麗、とか
景色が美しい、等とは
違う意味での「美しい」であった
そんな意味です
その「美しさ」を
ストレートに表現するならば
見えるモノ感じるモノ全てに
創造主の愛がハッキリ明確に感じられる
そんな感じです
それは物質に限った話ではなく
楽しい事、悲しい事、苦しい事
等々の状況にも当てはまります
要は認識出来る事柄全てがそうだ
って話です
「空間そのもの」「時間そのもの」に
創造主の荘厳な愛が
明確にハッキリ感じられるんです
すると・・・・・・・・
人生には感謝しかありません
楽しさしかありません
どんな嫌な事が起ころうとも
それも結局は「創造主の愛」
であるのが感じられるものだから
感謝と共に楽しさ、しか
湧き上がってこないんですね
こうなると最早
伝道しか眼中に無くなってきます
この幸福感を全ての人に感じて欲しい
自分だけのものにしておくのは
あまりにも勿体ない
人によって違いはあるでしょうが
私の場合は
そうとしか考えられなくなりました
そこでまた明確に感じられたのが
このサイトに存在意義なんかあんのか?
との疑問と
自分の無力さ、です
結局のところ悟りは当人が手を伸ばして
掴むしかないんですから
それをサポートするに
こんな受動的な人向けの活動じゃ
全くの不十分だろ
能動的に悟りを幸福を信仰を
得ようとする、やる気まんまんの人は
そもそも当サイトなんか読まない
んじゃ、こんなサイト書いても
意味無いんじゃね?
とか
一人一人にもっと深く
手を差し伸べないと
救いにはならないんじゃないの?
そんな思いです
当サイトを始めた時
色々な霊人が色々な事を言ってきました
私の発展を指導してくれる霊人達は
「そんな事に使う時間がどこにある!」
と否定的でしたし
伝道を重視する霊人達からは
「幸福の科学の会員に対する
伝道だってあるんです
どうか私達が降ろす内容を
伝えてあげて下さい」
とか
「現代には引きこもりが大量にいます
そんな方達に伝道するにはネットを
使うしかありません」
と言った肯定的な意見が聞かれました
どちらの意見も正しいとは思います
ただ・・・・私としては
日々出会う人が皆
真理の無い無明な毎日を過ごしている
仏が与えて下さった人生の苦難を
苦しみとしか捉えられない
そんな砂を噛む様な日々を送っている
本当は何もかもが自由自在で
創造主はそれら全てを
人類全員に与えて下さっている
だけど、そんな簡単な事実ですら
悟っている人は極々少数しかいない
心の底から誰も笑わない
心の表面だけで笑ってる
幸福の科学の古参会員だって同じ
それで良いんだろうか?
良いはずないんです















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