無数・無限にある「悟り」への道
果たして質問者の方に
納得頂ける様な
答え方が出来るかどうか?
かなりの難問ですが挑戦してみます
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前提に「魂は、ほったらかしにしとけば紆余曲折しながらも勝手に進化し仏に向かう。」とのお考えがありましたが、逆に退化しないのでしょうか?前記事にもあった烏天狗さんのお話でも、拘りが強くて変化を厭い、宇宙人であったが退化してカラスになったとのお話もございました。
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まずはこの部分の解説です
「魂の進化」とは
私達がHSで教わっているものが
全てではありません
無限に存在する「仏への道」の
ただの1本に過ぎません
あれはあくまで
仏が「地球での指針」として
定められたもの
地球での地獄も他所の星に行けば
極普通の生活だったりする場合も
多々ありますし
それこそ宇宙が異なれば
完全に何もかもが異なる様に
仏は設計をされました
魂の進化とは
もっともっと多様なものです
山の天辺に登頂するには
無数の道が存在しますよね?
あれと同じですよ
上りやすい道、安全な道
腕力が必要な道、武器が必要な道
滑落の可能性が99.99%の道
棘が多すぎて誰も登ろうとしない道
色々あるでしょう
けれど、どの道を登ろうとも
結局のところ頂点へ到達する点は同じ
進化も同じです
「烏天狗が烏に退化した」
との表現を以前しましたが
あれも、ある視点から見れば退化ですが
別の視点から見れば
進化の過程に過ぎない訳です
彼らは未来永劫「烏」なんでしょうか?
違いますよね
どんどん変化して行くはずです
どれくらい時間が必要か分かりませんが
最終的には仏にまで進化します
「悪魔」と呼ばれる存在も同じです
彼らの個性や嗜好が
ああいった役割に適しているが為に
今現在は、私達から見れば
損に見える役割を仰せつかっていますが
果たして
100億年後には彼らの方が私達よりも
はるか先を行っているかもしれませんし
現在、高級霊と呼ばれる方々が
永遠に高級霊かどうか?
これも分らない話です
進化とはそんなもの
人間の寿命を基準にして思考するから
分かりにくいんですよ
一般的法則として
人は自分を基準に思考します
それは、思考するに当たって
何がしかの足場が必要だからですが
それに囚われてしまっていては
何も見えなくなります
柔軟な頭脳を鍛えてみて下さい
様々な基準を思考回路に設置し
それで思考する訓練をするんです
次に
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また、「仏はなぜ殊更に進化を求められるのか」・・それはこの地球上では、救世事業を急いでおられるからと言う意味ではないのでしょうか?果たして宇宙全体に求めているものなのでしょうか?大宇宙は進歩と調和がバランスよく保たれていますし、例えば龍宮界では進歩より調和を大切にしているはずなんです。
無個性にならないように、大宇宙の根本仏は「変化」を求めるという主旨なら理解できます。
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この部分の解説です
「仏はなぜ殊更に進化を求められるのか」
のくだりですが
現在だけを言った話ではありません
太古の昔からの話です
ですので
救世事業を云々・・・・・・
との憶測は見当違いですね
ちなみに
全ての存在に仏は進化を促されています
全宇宙に、です
これを文章で説明しようとすると・・・・・・
恐らく私の力では無理です
これも前述の話と同じですが
人間心を離れて思考する様
努力してみて下さい
見えてくるものが有ると思います
(天上界も力を貸してくれるはず)
進歩と調和の話ではありませんよ
エネルギーの法則の話です
誰も何もしなければ
「存在」は永遠ではないんです
色々な表現ができますが
宇宙の全てを仏は常に
リフレッシュし続けておられます
これは「没個性」を避ける為ではなく
宇宙が消滅するのを避ける為です
霊界もそうですよ
仏が何もしなければ
三次元も高級霊界も
時と共に一切合切が消滅するんです
これが「全ての存在は仏の掌にある」
て事でもあります
「E=mc²」の式がありますが
あれをジックリと考察してみて下さい
(何十年も掛けて)
色々な事が見えてきて
面白いんじゃないでしょうかね
最後に
コメントを読ませて頂き
気になった事が一つあります
もっともっと多様な事象に
興味を持たれてみては
いかがでしょうか?
特定の世界にずっといると
その世界特有の思考しか
出来なくなってきます
知人に
大学院で研究してる男がいるんですが
先日、久方ぶりに会ったんです
驚きました
彼、頭脳がカチコチになってたんです
「お前・・・・最近同僚としか
会話してないんじゃないの?」
と聞くと
「え?分かるか?そっか~
オレ頭固くなってるか~?」
と一瞬で察してくれましたが
柔軟な頭脳が必要な仕事であるのに
その反対になってしまっている現実に
ショックを受けた様でした
今回の記事、ほとんど
解説になっていないかもしれませんが
活字で表現するのは
かなり難しいんですよ
と言うか
私には無理ですねぇ
前回の記事も掲載すべきでは
なかったかもしれません
バカな事しました
これからは
もっと一般的な内容に努めてみます
悪しからず
ディスカッション
コメント一覧
私も「匿名」さんと同じような疑問でここ数週間悩んでおりました。ためになる解説、ありがとうございます。
7/4(水)「宇宙時代の幕開け」は本会場で拝聴してきました。その中でも言及されましたが、他の星へ行けるようになったら、科学技術の勝利・進化かと思いきや、そうとは限らず、原始人化の第一歩ということもあり得る。そう思ってカクっときていたのです。追い討ちをかけたのが、原始人どころかカラスに退化したというここの話や、やぎ型宇宙人がやぎに退化したというイエス・キリスト霊言の話。
ラ・ムーの厳しい霊言も出ましたが、そのラ・ムーも地上にいらっしゃったときには、宇宙人らしき人に出会って映像を見せられて驚愕してるんですよね。数百万年前の「未来」都市。「月に火星にと宇宙船を送り込み」、しかし、核戦争のようなもので滅びたこと。逆に、5000年後のアトランティスの滅亡。
この事実を受け入れるのはなかなか辛い。でも、何とか受け入れようと努力しているところです。
「ありがとう」が実は仏教用語由来ということを最近知りました。人間として生まれるだけでもdifficult to happen(=有り難い)こと。「大海を泳ぐ盲目の亀」のような奇跡なのですね。言われてみれば。
「大海を泳ぐ盲亀」というのは那須の来世幸福園の経文に出てきますが、総裁のオリジナル表現とずっと思っていました。ですが、同じく仏教に由来する表現だったのですね。
「難解」も有難いギフトだと思っています。
難解だからこそ蓄積してきた知識をどう組立てるかというイマジネーションが掻き立てられますし、直感的にオモシロイ!って思えるほど刺激になります。
だからいつも有難いって思ってます。